|
|
安東さん、こんにちは。
情報を有り難うございました。岩屋城は戦国の九州における一大戦記を成す城で、双方多大の犠牲と物語を生んで、高橋紹運と島津・秋月がぶつかった場所ですよね。私も昔足を運びまして、先人の歴史を偲びました。意外に城らしくない見晴らしのいい丘で、そこから見える景色をのんびり楽しんだのを覚えています。
「筑前戦国史」他で、新右衛門が岩屋城を守ったことや、島津撤退後に立花方に攻められて火をつけられ城を捨てたことは知っていましたが、出典は「豊薩軍記」だったのですね。詳細な様子がわかり大変興味深いです。
新右衛門は一説には、岩屋の戦いの戦死者供養の責任者を勤めたと言われています。すでに50歳の壮年、翌年春には秀吉に蹂躙され九州の戦国は終わりますが、そうした国内の状況の中、岩屋の戦いの後の約一ヶ月をこの城でどのような思いで過ごしたのでしょうか。一度、嘉穂町の墓所を訪ねてみたいと思っています。
|
|