teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


RE・白山の花々

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 7月30日(火)20時45分49秒
編集済
  makoちやん 綺麗な写真ありがとうございました。初日は好天に恵まれた様ですね。
みなさんの楽しそうな雰囲気が伝わって来ました。

この談話室は長い間お世話になりましたが、7/31限りでみのハイキングクラブのブログからのリンクも無くなります。
makoちやんは新しい談話室と間違えて貼られたと思いますので、新「みのハイキングクラブ談話室」へ貼り直して下さいね。

フィナーレを美しい花で飾って頂き長年の管理者として御礼申し上げます。ありがとうございました。
 
 

白山クラブ山行フォトコーナー3

 投稿者:makoちゃん  投稿日:2013年 7月30日(火)18時49分15秒
  白山のお花畑を満喫してきましたよ~  

白山クラブ山行フォトコーナー2

 投稿者:makoちゃん  投稿日:2013年 7月30日(火)18時24分53秒
  白山のお花畑を満喫してきましたよ~  

白山クラブ山行フォトコーナー

 投稿者:makoちゃん  投稿日:2013年 7月30日(火)18時13分2秒
  白山のお花畑を満喫してきましたよ~  

お別れ

 投稿者:esu  投稿日:2013年 6月16日(日)15時42分12秒
  長い間ありがとうございました。  

RE・フガクスズムシソウ

 投稿者:MY  投稿日:2013年 6月13日(木)15時09分5秒
  花咲人さん、花の名前有難うございます、なかなか花の名前は何回聞いても(家で聞きながらHPに記入)覚えれません、「フガクスズムシソウ」は樹木の上3mほどの処に小さく咲いており、カメラをズームにしないと分からないほどでした、今回は湿原の指導員の方に教えてもらいラッキーでした。  

フガクスズムシソウ

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 6月13日(木)13時55分13秒
  私も始めてみました、スズムシソウは何度かみますがフガクの方が小さいでしょうか。最初に富士山で発見されその名が付いたそうです。又白いイチゴの様な花はノウコウイチゴだと思います。最後の方の緑の花はミツバオーレンの白が終わり緑に変色した物だと思います。
私達が訪れてから5日立ちますが目のこしも随分ありました。日に日に変わり初夏の訪れも早い様ですね。
 

花咲人さん

 投稿者:MY  投稿日:2013年 6月12日(水)23時20分37秒
  今日(12日)朝、7時に起きたら晴れており、急いで準備し無届で山行(籾糠山)になりました。
初めて「フガクスズムシソウ」を見ました。それと全く緑のニリンソウ、見つけました、ザゼンソウは残念ながら発見出来ませんでした。ヤマレコに見た花を全部投稿しました、一部不明な花がありました。もし分かればご教授宜しくお願いします。
①緑の入ったニリンソウ
②全く緑のニリンソウ
③フガクスズムシソウ(初めて見た花)

 

MYさん

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 6月12日(水)09時53分23秒
  いつも花の写真ありがとうございます。変わった名前なので、実物を見たい物です。
ハンカイソウ キク科 メタカラコウ属別名(シロサワフタギ)、クロミノニシゴリ ハイノキ科 ハイノキ属 よく似たのがあり気づかないのか知れません。どなたかが、科とか属で覚えると書いておられますが難しいです。又よく見るラショウモンカズラ、花の姿が「羅生門で渡辺綱に切り落とされた鬼女の腕に似ている」と植物図鑑に記載されていました。MYさんが撮られた写真はまだ若くランナーが伸びていませんね。又写真お願いします。勉強します。
 

籾糠山

 投稿者:esu  投稿日:2013年 6月11日(火)16時33分10秒
  8日に花咲人さんたちと天生湿原に行ってきました。事前情報通り、素敵な花々に出会えました。二輪草の変異種でまだらと緑のを見つけました。緑はよく見ないとわかりませんね。黄色はリュウキンカです。  

花の伊吹山

 投稿者:MY  投稿日:2013年 6月 9日(日)11時47分16秒
編集済
  最終、
①ヤマネコノメソウ
②頂上に咲いていた綺麗な花(フデリンドウ)
③グンナイフウロ
 

花の伊吹山

 投稿者:MY  投稿日:2013年 6月 9日(日)11時42分40秒
  その2,
①メタカラコウ
②コバノミミナグサ
③カワラナデシコ
 

花の伊吹山

 投稿者:MY  投稿日:2013年 6月 9日(日)11時38分53秒
  6月8日(土)花の伊吹山へ山行、天候は晴れの予報で、登りは背に太陽を浴び暑さを予想して出かけましたが、爽やかな風でのんびり花を撮影しながらの山行でした。花の山は花の名前を覚えるのに大変です。
①ラショウモンカズラ?
②アヤメ
③オドリコソウ
 

東北魂に触れ得た自責の旅

 投稿者:  投稿日:2013年 6月 5日(水)11時24分51秒
編集済
   4泊5日ではあるけれど、往路に1日復路で1日だから、現地での正味は3日間。もちろん初日に山も一つ登りました。けれどその山登りは、旅の目的というより、いま思うと、前奏曲とでもいったものになった感じでした。

 5月31日に登った山は会津の小野岳(1383.4m Ⅱ△)でした。山麓には大内宿や湯野上温泉郷があります。登り2時間下り1時間半でした。ブナの原生林が続き、その大木も林立、とても心の癒される山でした。でもまだつい3日前、隣の会津美里町で4人もの人が熊に襲われる事件があったばかりなので、少しは気にしつつの登下山でした。山中では登山者に一人も出会いませんでした。下山後には大内宿をゆったり観光しました。

 翌6月1日は、主目的の一つだった東北六魂祭です。東北6県の6大祭りが福島に集結しました。公式ガイドには 「東日本大震災からの一刻も早い復興を祈り、年に一度、東北の六大祭りが集結するお祭りです。初年度の仙台市では約37万人、昨年の盛岡市では25万人もの方々にご来場いただき、東北人の不屈の魂を世界に示す大きなきっかけとなりました。そして今年、東北六魂祭はその舞台を福島市に移します。『今こそ、魂のチカラを。』を合言葉に繰り広げられる魂の競演にぜひご注目ください。」 と、うたわれています。六魂祭のメインイベントである六大祭りのパレードは、福島市役所前を通る国道4号線を約1kmにわたって開放、ブルーインパルスのダイナミックなパフォーマンスで幕を開けました。そして福島のわらじ祭りから青森のねぶた祭りまで、およそ3時間にわたって繰り広げられました。私たちは観覧エリアのほぼ中心だった市役所前交差点に席をとることができ、東北人の底深い息吹を感ずることとなりました。

 祭りは6月2日(日)にも続くのでしたが、私たちはその日被災地に向かいました。福島市のある中通りから、丘陵地帯を越えて浜通りへ進みました。そして飯館村から南相馬市を通り浪江町を9キロほど入りました。放射能の高濃度で人の住めなくなった耕地の荒れようと、そこに咲いている花々にかえって侘しさがつのり、胸が詰まる思いでした。
 海辺へも行ってみました。変形して錆びついた農機具や車の残骸、がれきの山がまだいたるところにありました。被災地全体の死者・行方不明者は3月時点の統計で18.550名とのこと。ご家族・縁者のみなさんの思いも含め、とても言葉にはなりませんでした。その苦しみ悲しみを復興へのエネルギーに変えようという六魂祭の精神が胸にすとんと落ちたような気がしました。
 自分はこれまで、どれほどにこの思いを共感できていただろうか。自分はこれまでにどれほどのことをなし得てきていただろうか。自分はこれからどのようにかかわっていけるのだろうか、との自責の念を強くしました。その点で、今回の旅は、短時日ではあったけれど、意義あるものだったなぁと、今振り返っています。

 写真1 小野岳のブナ林
 写真2 パレード・ねぶた祭り
 写真3  飯館村の放射線量表示板
 

葦毛湿原~座談山・神石山

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月31日(金)21時26分59秒
編集済
  最終、
①バイケイソウ
②枝分かれしたバイケイソウ
③ササユリ
 

葦毛湿原~座段山・神石山

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月31日(金)21時22分53秒
  5月31日(金)梅雨の晴れ間に、暫く花シリーズ山行にと思い葦毛湿原と低山ハイキングに出かけました。標高は300mほどの二山ですが結構アップダウンがあり良い運動になりました、これから梅雨時は暫く花シリーズの山が続きます。
①ハンカイソウ
②クロミノニシゴリ
③トキソウ
 

エベレスト

 投稿者:esu  投稿日:2013年 5月30日(木)07時57分33秒
  エベレストで賑わっていますが、76歳で登頂されたネパール人の方が今回も81歳でアタックしていました。しかし体調不良で下山したとのことです。普段、登山をしていなくてサポートも少ないのにチャレンジ精神には頭が下がりますが、何故かほっとしています。  

エベレストの現状 

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月28日(火)14時13分38秒
編集済
  満員のエベレスト

商業登山の広がりで、危険なまでに混雑するエベレスト。世界最高峰の惨状に解決策はあるのか。

                                                         文=マーク・ジェンキンス

 今、私たちは標高8230メートルの高所で、ほかの登山者と接触しそうな過密状態のただ中にいる。これでは体力や能力と無関係に、全員が同じペースで前進を続けるしかない。
 真夜中近く、見上げると、一列に連なったヘッドランプの光が暗黒の空へと続いていた。眼前にそびえる斜面を100人以上がゆっくりと登っていく。
 ある岩場では、ひどく曲がった1本のスノーピケットが氷に打ち込まれ、くたびれたロープを支えていた。このロープを頼りに、少なくとも20人が登攀中だ。
 万が一、このピケットが抜けたら、全員が転げ落ちて死ぬだろう。

2時間を超える登頂待ちの列
 私たちの今回の遠征は、1963年の米国エベレスト遠征隊の快挙から50年を記念して企画された。
だが実際に私たちが目にしたエベレストでは、登山をとりまくさまざまな問題が大きなひずみを生んでいた。
 今から50年前、1963年の登頂成功者はわずか6人だったが、2012年の春は500人を超えた。
 私が登頂した5月25日、山頂には人々がひしめき、身の置きどころもなかった。眼下のヒラリー・ステップでの登頂待ちは2時間以上に及び、列をなした人々が寒さに凍えながら体力を消耗していた。ヒラリー・ステップは登頂までの最後の難関、高さ12メートルの岩壁だ。
 私は今回の登頂で、4体の遺体を見ている。好天でもこのありさまだから、1996年にあったような嵐に襲われでもしたら、多数の死者が出ていただろう。

登頂できて当然という考え違い

 エベレスト登頂は昔から登山家の“勲章”だった。だが、4000人近くが登頂し、複数回登る人々もいる現在、その意味は半世紀前とは違ったものになりつつある。
 今や山頂を目指す人の約9割がガイドを雇った“お客さま”登山者で、その多くは登山の基本的な訓練を受けていない。彼らのなかには、3万~12万ドル(約300万~1200万円)もの大金を支払うからには、山頂に到達できて当然という考え違いをする者も少なからずいるようだ。
 確かに大勢が登頂を果たしているが、その代償は大きい。“ノーマルルート”と呼ばれる北東稜と南東稜は、登山者の数が多すぎて危険なうえに、ごみや汚物だらけで、その惨状は目を覆いたくなるほどだ。
 登山者の遭難死も相次ぎ、2012年には私が南東稜で目にした4人を含めて、全部で10人(シェルパ3人を含む)が死亡している。
 この世界最高峰は、明らかに荒廃している。だがエベレストをよく知る人々に話を聞くと、今ならまだ改善の余地があるという。

※ナショナル ジオグラフィック6月号から一部抜粋したものです。

(ネット配信の無断転載なのでお叱りを受けそうですが、三浦氏の快挙報道に浮かれていても現状がこれほどとは知りませんでした。国内の山でもオーバーユースが問題になっていますが世界でも共通の課題があるようですね。)

http://www.geocities.jp/osamimizuno/ 

 

天声人語から

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月28日(火)10時31分38秒
編集済
  数日前の朝日のコラムからの抜粋です。

青春とは年齢ではなく、心のあり方だと言われる。
似た意味で、高齢の人には三つのタイプがあるとも言われる。
まだ若い人、昔は若かった人、そして一度も若かったことのない人。
快挙(三浦氏のこと)に励まされて「まだまだ若い人」が世に増えそうな、明るい予感がする。

小生のパワーは「昔は若かった」レベルに落ち込んで周囲に迷惑をかける事が多くなりましたが、気持ちは「まだまだ若い人」でありたいと願っています。

大西山の緑 三景です。ほんとに美しかったですね。

float cloudさんから大鹿の崩壊地左を登り1066mを経由して主稜線に達するとトトロの森が待っているとの教えを受けました。機会があれば訪ねてみたいものです。

http://www.geocities.jp/osamimizuno/ 

 

三浦・エベレスト・私もひとこと

 投稿者:  投稿日:2013年 5月23日(木)23時54分50秒
編集済
   三浦氏のエベレスト登頂に思う
                                                            三浦氏は1933年10月21日生まれ、私より1年4ヶ月と24日、学年でいえば1年先輩になります。だから歳という点では、それほどかけ離れた年配者という感覚はなく、わりと身近に感じていました。
 しかし、今回の80歳でエベレスト登頂を目指す・・という宣言を前々からしつづけてこられたことについては、私はそれほどに声援を送るような気持ちにはなれませんでした。それは、ひとつには氏の有言実行という強気の姿勢にどうにもなじめなかったからです。それにもうひとつは、エベレストの上部は想像以上に過酷な ”死の地帯 ”といわれている厳しい気象条件にもなるところで、多くの若い力量ある登山家が命を落としている場所です。今年の春はどんな状況になるか、まだ分らないという段階から、登るのだ! 登ります! という姿勢には、私のような小心者には到底馴染めないものだったからです。私がもし、そういう状況にあって言うとしたら、行って見なけれは分りませんが、登頂をめざし最大限の努力をします・・となるでしょう。
 ところがどうですか。氏は宣言通り登頂を成し遂げました。全く脱帽です。並の人間ではなくまるで化け物です。冒険家とはそういうものなのでしょうか。それは確かに、スポンサーも付き、あらゆるサポート体制を構築した上での成功でした。仮に、後ろから押してもらい、前から引っ張ってもらい、酸素を多量に吸い続けた結果だとしても、登るためには自分の足、自分の心臓と肺、そして自分の体力と体調によらねばなりません。それでは病気などとは無縁な鉄人だったのかというと、糖尿病・高血圧・狭心症を何度も繰り返し、手術もする。そして大けがもしたといったやはり並の人間でもあったようです。それらを克服していったうえでの登頂成功でした。
                                                                                                   . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .  . .           氏はある対談で次のように語っています。
「20歳を過ぎれば人間は毎年1パーセントずつ体力・能力が低下していくそうです。僕も20歳の頃にはパーッと登れていた山がね、例えば立山なんかは3時間あれば登れたのが、今じゃ10時間登り続けても頂上に着かないくらいです。でも、歳だからやめる、諦めるというのでは、心も体も老いる一方じゃないでしょうか。
 なるほど人間は、歳には勝てないけれども、自分には勝てるんです。」

 私は、巨人ともいうべき氏にあやかりたいとも、マネをしようとも思っていませんが、人間というものの心と体の相互関係と可能性について大いに考えさせられています。だから、たとえささやかであっても、自分の夢や目標を持ち、努力する人間になりたいものだと、学び始めている所です。
 

80才 エベレスト登頂

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月23日(木)15時19分44秒
  三浦雄一郎の山頂からのコメントです。
「世界最高の気分。世界最高齢80歳ででまさかココまでこれるとは着くとは。人生でもこれ以上ない気分です。でも、これ以上ないくらい疲れている。ヒマラヤの景色が眼下に見えています。本当に皆さん応援ありがとうございます。」

フェイスブックから転載しました。

マスコミの報道も激しいが、挑戦意欲、体力には驚きです。万分の1でもあやかりたいものです。

http:// 

 

新緑のシャワーと花の「簗谷山」

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月23日(木)12時05分55秒
  最終、
①ツツジ
②クマガイソウ
③クマガイソウ
 

新緑のシャワーと花の「簗谷山」

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月23日(木)12時02分38秒
  その2,
①アルバアオダモ
②新緑のトンネル
③シロヤシオ
 

新緑のシャワーと花の「簗谷山」

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月23日(木)11時58分0秒
  5月21日(火)やっと今シーズン最後の残雪の山「毛勝山」も終わり、これから暫くは花の多い山へと思い、手軽に登れる簗谷山へ出かけて来ました。簗谷山は秋の紅葉も綺麗な山で、11月に清掃登山の予定になっており、手軽に登れて新緑、紅葉が、また花もあり良い山です。これから6月はそろそろ梅雨の季節となりうっとうしいですが、花を見ながらの登山には多少の雨でも気にならないと思い、花の多い山をと思いとりあえず6月は2箇所決定し個人山行計画中。
①登り始めから新緑のトンネル
②トキノキ
③ヒトリシズカ

 

一乗谷 朝倉氏の滅亡

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月20日(月)22時44分37秒
  過日のクラブ準山行「一乗城山」登山の終了後一部の参加者のみでしたが復元町並などを見学しました。
私も中途半端な知識しかなかったので後日ネットで朝倉氏滅亡の顛末を検索してみました。詳しくご存知の方も多いと思いますが参考に貼っておきます。
義景館跡に義景公墓所もあったので、あの場所で自刃されたものと思っていましたが違っていました。歴史に夢を巡らすのも旅の一興ですね。


朝倉氏の滅亡

越前の戦国大名・朝倉家は、日の出の勢いの織田信長(40歳)包囲網の一角として、北近江の浅井家と連携して対信長戦線を張っていたが、姉川の戦いで敗れた後、その勢力は衰微していった。
1573年(天正元年)、信長包囲網の首領であった15代将軍・足利義昭が京を追われたことをきっかけに、形勢は織田家に傾き始めた。近江山本山(やまもとやま:滋賀県湖北町)城主の阿閉貞征(あつじ さだゆき)が織田家に寝返ったことにより、小谷城に本拠を置く浅井家が孤立する形になったのである。
8月8日夜、信長は岐阜城を出発し、この報を受けた朝倉家の当主・朝倉義景(41歳)は、浅井家救援のため、10日に2万の軍を率いて一乗谷を出陣した。朝倉軍は木之本田部山(田上山?)に陣を敷き、織田軍と交戦したが敗れ、13日には敗走状態となった。さらに織田軍による追撃を受けたために被害が拡大し、15日夕方に義景が一乗谷に帰還した時、彼に従うのはほんの数騎であったという。
義景は一乗谷を枕に討死しようとするが、一族の朝倉景鏡(あさくら かげあきら)は延暦寺系の平泉(へいせん)寺(福井県勝山市)を頼るべきと説いた。しかし、平泉寺は織田家に加担することを宣言したばかりか、一乗谷を襲撃して火を放ったのである。落ち延びた義景は山田荘賢松(けんしょう)寺(福井県大野市)に逃れるが、朝倉景鏡までもが織田家に寝返って賢松寺を攻撃した。義景は「七顛八倒四十年中無他無自四大本空」の辞世を残して切腹して果てた。こうして戦国大名・朝倉家は滅び、本拠地の一乗谷は3日間にわたって燃え続け廃墟となった。


http:// 

 

今シーズン最後の雪山は毛勝山へ

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月18日(土)23時11分14秒
  最終、
①雪の塊がゴロゴロとあります
②塊の大きさを比較
③人の後方に、左上部からの雪崩
 

今シーズン最後の雪山は毛勝山へ

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月18日(土)23時06分9秒
  その2,
①剱岳方面
②剱岳
③毛勝山頂上
 

今シーズン最後の雪山は毛勝山へ

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月18日(土)23時02分49秒
編集済
  5月18日(土)今シーズン最後の雪山として毛勝山へ、今回は3回目にしてやっと快晴に恵まれ納得の山行でした、本日の毛勝山は15人ほどの登山者があり(一部スキーヤー2~3人)、天候も過去2回と比べ最高の天気で、念願の剱岳を間近に又北アルプスが360度、普段見られない北側から展望が出来、頂上へ到着し標高差1700mの急登も絶景を見られ吹っ飛びました。稜線からの800mの急下降も心配していましたが、3回も登っていると慣れて恐怖感もなくルンルン気分で無事下山でした。
①左右上部から落石、雪崩の多い板菱
②大明神岳方面
③鹿島槍方面
 

あと4山

 投稿者:Rさん  投稿日:2013年 5月15日(水)19時50分6秒
  花咲人さん蜜さんありがとう
来年には青葉30山達成できると良いです。善さん、松さんに昨年はお世話になり、後4山になりました。来年は達成できたらいいなと思っていますが、無理はしません。
成り行きを楽しみに頑張ります。皆さん御協力よろしくお願い致します。
 

大御影山 お疲れ様でした。

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月13日(月)20時34分55秒
  昨日の山行お疲れ様でした。天気も良くて花や新緑を楽しませていただきました。

スタート地点の「家族旅行村ビラデスト今津」の意味が判らず胸につかえており、横文字もとんと弱いので早速問い合わせてみました。下記が返信です。
ーーーーーーーーーーーーー

ビラデストとはフランス語で「村にて」という意味で、
当施設では「森と話す村」というイメージで名づけられました。

またのお越しをお待ちしております。

家族旅行村ビラデスト今津
ーーーーーーーーーーーーー

なお登山口でSさんから読み方テストを受けましたが小生は不合格でした。回答の道標文字は
闇見<くらみ>神社 佐波<さなみ>寺でした。あの道標は古道のものでありました。

ビラデスト今津に有った近江坂古道案内の写真を拡大して判りました。勉強不足で恥ずかしき事でした。因みに近江坂古道とは高島市今津町佐波寺から三十三間山の麓にある福井県若狭町の闇見神社に至る南北朝以前から人馬が往来した道となっていました。

http:// 

 

写真

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 5月 8日(水)16時45分43秒
  忘れました。  

野伏ヶ岳

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 5月 8日(水)16時44分6秒
  5月7日美濃IC4:50=白山中居神社下林道車止6:20・・・和田山牧場跡7:27・・・ダイレクト尾根取付・・・10:25頂上近し薮・・・10:47頂上手前・・・10:57頂上~11:06・・・12:16・・・13:23湿地帯・・・13:42和田山牧場跡・・・14:51車止=15:22白山中居神社水芭蕉見学=満点の湯から野伏ヶ岳を眺める=美濃IC16:55
Rさんの青葉に協力。五月ともなれば雪質は悪くなり今日が最終日かな。その分神社から随分車で入れ林道歩きが助かる。
Rさん青葉残す所二山まとめて登れるのを合わせると四山と聞く、ガンバレ来春応援するから。
 

まだ残雪が少し残る・荒島岳

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 5日(日)20時33分8秒
  最終、
①ショウジョウバカマ
②イワウチワ
③イワウチワの群生
 

まだ残雪が少し残る・荒島岳

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 5日(日)20時29分9秒
  5月5日(日)まだ残雪の残る荒島岳へ山行、今回は先日の木曽駒ヶ岳での雪山用登山靴で、靴下と靴紐の締め具合がうまくいかず、いまいち調子が悪く登りで苦労したことから再度、テスト歩行を兼ねて山行し、本日は調節がうまくゆき重い登山靴で頂上まで3時間で到着予定が2時間45分で到着できました、おかげで雪山用の登山靴をもう一足買わないですみそうで助かりました。
①頂上
②白山
③もちがかべへの下り
 

アウトドアフェスティバル

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 5月 5日(日)07時04分37秒
  ノルディックウオーキングに参加しました。美濃橋から洲原神社までの往復。車を避け大半が脇道を歩きました。洲原神社で配布されたお弁当を川を眺めながら食べていたら、赤い番傘をさした船が着きました。46年ぶりに洲原神社で結婚式をあげられるためのリーハーサルです。神社で花婿、花嫁さんがいろんな所で写真を撮り船に乗り込み練習をされました。本番は11日川向こうの新郎の家から尺八の音色で川まで篭で行き、新郎の漕ぐ船に乗り込み洲原神社で式をあげられるそうです。リモコンのヘリも出て画像を撮っていました。当日はテレビ局も2社来ると聞きました。私達は長い間見てました。これから美濃橋まで歩きます。今日は3万歩でした。  

雪山登山靴のテスト歩行に木曽駒ヶ岳

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 3日(金)20時30分13秒
  最終、
①木曽駒ヶ岳頂上
②伊那前岳と南アルプス
③乗越浄土からの下り(毛勝山の下山は凄いです)
 

雪山登山靴のテスト歩行に木曽駒ヶ岳

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 3日(金)20時22分56秒
  その2,
①宝剣岳
②御嶽山
③穂高岳、槍ヶ岳
 

雪山登山靴のテスト歩行に木曽駒ヶ岳

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 3日(金)20時19分8秒
  5月3日(金)今シーズン最後の残雪の山、毛勝山(3回目)を前に、久しぶりに履く雪山用登山靴のテスト歩行を兼ねて、それと木曽駒ヶ岳、乗越浄土の急下降を毛勝山ほどではないが、体感する為山行に出かけて来ました。
①宝剣岳、乗越浄土方面
②世界遺産の富士山
③宝剣岳と空木岳、南駒ヶ岳方面
 

RE・阿智村 花桃

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 5月 1日(水)18時53分35秒
  MYさんの神出鬼没ぶりにはいつも驚いていますよ。
29日の富士見台山開きに参加した時にも花桃を見て来たと言うハイカーに出会いました。
小生も機会を見付けて訪ねてみたいと思いました。

山開きのアルプホルンを貼っておきます。
 

阿智村の花桃・花見ハイキング

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 1日(水)17時17分51秒
  花桃の写真、最終、
 

阿智村の花桃・花見ハイキング

 投稿者:MY  投稿日:2013年 5月 1日(水)17時14分34秒
  5月1日(水)阿智村の花桃まつり、たまには花見ハイキングへ。開催期間4月20日~5月12日まで、
花桃の写真6枚添付、
 

クラブ山行・丸山・全員余裕の登頂

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月28日(日)20時51分6秒
  最終、皆さんご苦労様でした。(ヤマレコ)にも投稿します、本日の歩行記録、写真などが閲覧出来ます一度確認覗いてみて下さい。
①銚子ヶ峰方面
②赤リボンの回収
③気持ちの良い稜線
 

クラブ山行・丸山・全員余裕の登頂

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月28日(日)20時42分11秒
  その2,
①健脚のメンバー
②銚子ヶ峰、別山方面
③丸山を振り返る
 

クラブ山行・丸山・全員余裕の登頂

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月28日(日)20時37分34秒
  4月28日(日)残雪期の丸山が快晴の天候と最高の雪の状態で、皆さん余裕の登頂で無事実行出来ました。今回の山行は最高の状態で実行出来、CLとしても皆さんに大満足していただき良かったと思っています。せっかくの雪山という事で赤リボンの付け方、ピッケルの使い方、アイゼンでの歩きかたなど色々説明及び実行しながらの山行でした。
①丸山がもうすぐです
②全員丸山頂上へ
③丸山から下山するメンバー
 

写真

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 4月26日(金)16時01分16秒
  写真
 

火とぼし山

 投稿者:花咲人  投稿日:2013年 4月26日(金)11時27分16秒
  S夫妻とHさんとで安毛登山口から火とぼし山へ看板を着けに行きました。これで全行程が終わりました。三人は誕生山へ行き、私は権助谷へ下り前野コミニュセンターの車止めから帰りました。  

快晴の天蓋山から絶景を展望

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月25日(木)22時32分38秒
  最終、
①御嶽山
②北アルプスを正面に下山
③雀平
 

快晴の天蓋山から絶景を展望

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月25日(木)22時27分54秒
  その2,
①白山
②槍ヶ岳
③乗鞍岳
 

快晴の天蓋山から絶景を展望

 投稿者:MY  投稿日:2013年 4月25日(木)22時23分45秒
編集済
  4月25日(日)好天の予報で山行実施、22日の桑崎山は好天の予報で出かけるも頂上は小雪が舞っており冬の様相でしたが、今日は頂上でティシャツ半袖、長袖でも暑いぐらいで1時間30分ほど絶景を展望し長い滞在でした。残雪の天蓋山は今回初めてで標高1300mから雪道の登りとなり、夏道はなく昨日の雨で踏み跡も薄く地形図で確認し、広い雪原は所々ショートカットする為、帰りに迷わない様に赤リボンを使用しました。今回は何時もリュックに20本ほどの赤リボンを持っている赤リボンがあり急遽使用しましたが、登る前から残雪はあまり無いとあまく考えており赤リボンは必要ないと思っていたら結構残雪があり、赤リボンをリュックに何時も持っていて助かりました、油断は禁物の山行でした。4月28日(日)のクラブ山行・丸山は当然赤リボンは必要です、各自赤リボンを持参し、リボンの付け方など実施して頂きますので宜しく。
①天蓋山頂上
②笠ヶ岳
③剱岳と立山連峰
 

ニオイコブシ

 投稿者:GG-  投稿日:2013年 4月24日(水)11時00分42秒
編集済
  いささか旧聞ですが、過日の蛇谷ヶ峰山行の折に「ニオイコブシの小径」の看板を見て、魅力的な名前だがどんな花なんだろうと思いました。
ブログに山行記録が掲載されてその件を思い出して検索したらタムシバの別名と判りました。知らなかったのは小生だけかもしれませんが?。

タムシバ
タムシバ(田虫葉、学名:Magnolia salicifolia)はモクレン科モクレン属の落葉小高木。
別名を「ニオイコブシ」といい、花には芳香がある。早春に白い6弁花を葉に先立って咲かせる。他に「カムシバ」の別名をもつ。こちらは「噛む柴」で、葉を噛むとキシリトールのような甘味がするためにこの名前がついた。これが転じて「タムシバ」となったといわれる。 ウィキペディアより

 

レンタル掲示板
/20